23歳独り身の母が脳梗塞になって休業しないといけなくなった時に救われた言葉

2010年7月の真夏の日。

 

 

 

離婚後、一人暮らしの母が脳梗塞になった時、

身内が誰もいない自分を救ってくれた言葉が

今も私を支えている。

 

 

ベンチャー企業へ転職したばかりの頃。

 

先輩と同行営業で岐阜駅にいた。

母からメールが来た。

電話をしたら「やばいかも」と弱々しく話した。

 

 

上司に話して、その足で、

そのまま実家へ帰った。

 

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【1】転職したばかりの頃。母が倒れた。
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母は家で横になっていた。

そばではポッキー(チワワ)が

べったりくっついていた。

 

 

母は「目がぐるぐるする」という。

 

 

地元の眼科に連れて行った。

 

 

 

眼科の先生は

「目じゃないですね、もしかしたら脳かもしれない」と言った。

 

 

紹介状を書いてもらい、

夜間救急枠で市民病院へ向かった。

 

 

検査をした。

結果が出るまで、ただ待つしかなかった。

夜間時間外、誰も患者がいない病院。

 

 

 

弱々しくしぼんでみえる母。

 

 

 

診断結果は、

【脳梗塞】だった。

 

 

 

すぐに入院をしなくちゃいけなくなった。

 

 

 

 

・・・どうしよう。

 

 

 

・・・仕事は?もうすぐ受注できそうなあの案件は?

   まだ入社して半年なのに?休業?!

   どうしたら良いの?!グルグルいろんなことが回った。

   

 

 

 

 

会社の先輩に現状報告と休業の相談をした。

 

 

 

 

(先輩)

オッケーオッケー。

なんとかするから、オッケー。

 

 

 

 

島田さんが一人いなくなっても、

回らないことはないからダイジョーブ。

専念して、なんかあったら言ってよ。

今できることをやろ。

 

 

 

 

その言葉だけで救われた。

 

 

 

今、自分にできることをしよう。

そう決めた。

 

 

 

人は弱くなる時、

一人だと決めつけてしまうことがある。

 

 

 

だけど、誰かの言葉に耳を傾ければ、

スッと救われることがある。

それは、どんな名言よりもぐっとくる。

 

 

一人じゃないって言うことがわかるだけで、

なんとなく救われた。

 

 

 

誰だって一人じゃない。

 

 

だから、一人で悩んでどうしようもなく苦しくて、

辛かったら、SOSを発信すればいい。

 

 

 

 

今できることは、一人だと決めつけないということ。

それだけだった。

 

 

 

電話をすることもままならない時もあるだろう。

メールをすることも、

声を発することも辛い時があるだろう。

 

 

 

一歩進むのも、

現状維持を選択するのも

決めるのは自分だ。

 

 

 

 

 

 

叔母に電話した。

 

電話したら、自分だけじゃないってわかった。

 

「お母さんを宜しくね」と言われた。

 

がんばろうと思った。

 

 

 

兄に電話した。

 

素直に言えなかったけど、現状報告はできた。

 

「なんかあったら言えよ」それだけ言われたけど、

 

話したことで救われた。

 

 

 

 

いつもより少し高めのお肉を食べた。

 

ポッキーも一緒にそのお肉を食べた。

 

「負けんぞー」

 

 

ポッキーと一緒に、

頑張ろうと誓った。

 

 

***

 

 

 

一人だと決めつけるのも自分。

 

一人じゃないと決めるのも自分。

 

 

今起きていることは、

自分が乗り越えられるか試されている証。

 

 

 

これを乗り越えたら、

自分はさらにレベルアップする。

 

 

人生はRPGだ。

 

 

 

23歳の時、母が倒れなかったら、

今のメンタルが鍛えられた自分はいなかったかもしれない。

 

 

あの時は、お先真っ暗で

自分も倒れてしまいそうだったけど、

今、振り返れば、逆に良い人生勉強になったと思える。

 

 

 

過去は変えられない。

過去の受け止め方は変えられる。

 

 

 

 

そんな感じで今できることをまっすぐに

27歳がんばっとります。